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YouTubeを歩き回っていたら、「私をスキーに連れてって」の予告編を見つけました。



そこには、三上博史さんと原田知世さんのほのぼのとした愛(今こんなことを若者に言ったら、「おっさん何言ってんの」と一蹴されるでしょうが。)と、それを飾るあの時代の景色、バックには、松任谷由美の曲の数々。

原田知世

ゲレンデの恋人たちに捧ぐ

松任谷由美
(引用:YouTube私をスキーに連れてって予告編動画)

予告編を見たい方は、以下をクリックしてください。
私をスキーに連れてってYouTube予告編

引き込まれてしまい、DVDを借りて、また、見入ってしまいました。
これで何度目だろう

あの頃は、猫も杓子もスキー、スキーだった。
私は、親がスキー好きだったせいで、中学(1971年:ちょっと先駆けアピールですが)からスキーをしていて、当然のごとく、冬になるとスキーに行ってました。
関越自動車道が完成する前は、スキーシーズンになると、大渋滞する17号金曜日真夜中出発で、とことこ10時間以上車で走り、志賀高原に午前中にたどり着きスキーを土曜日午後~日曜日4時ころまで1日半滑り月曜朝に帰ってくるという殺人的スケジュールをこなブーツはしていました。
でも、あの頃は、こんなことができたんです。若かったなー。

私をスキーに連れてって」は、もう少し後です。バス会社がツアーを沢山提供するようになり、誰もが、スキー場に行くことがファッションのようになった時期でした。その頃、私は、会社員でした。
その頃は、国土開発や西武が全盛期で、苗場プリンス、万座プリンスに泊まってスキーをするのが、かっこいいなんてみんなが思い込んでいた時でした。
関越自動車道が出来てからは苗場プリンスに行くのに、三国峠の大渋滞に巻き込まれてました。結局、いつもみんなブームのところに集まるので、渋滞することになるんです。まあ、夜中走らなくてよくなったのは、見っけもんですが。

「私をスキーに連れてって」の製作企画のホイチョイ・プロダクションは、私たちより10年くらい上の団塊の世代の人たちで、その時代のかっこ良さを作ろうとしていた人たちです。
スキーの板はクナイスルとアトミック、ウェアはエレッセ、ブーツはサロモン、ノルディカがブームでした。スキーワールドカップ長野大会が開催されたのも、その頃です。

私をスキーに連れてって」に描かれているように、スキーは、「Boy meets girl」の場所でした
(続く)

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